t o p    p r o f i l e    i n f o r m a t i o n    p r o j e c t  w o r k s    c l i e n t  w o r k s    c o n t a c t    l i n k
                              
 「脆弱なる大地」 >
                               「The Song of Baul」 >


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     「脆弱なる大地-Living in the fragile island-」

 -この大地の果てに-

 大学生の頃、私は多くの時間を旅に費やしてきた。新しい世界に飛び込み、
自分と違う環境に生きる人々と、触れ合うことが好きだった。4年生になり、進路にとても迷ったが、、一度しかない人生を意識した時、自分がこれから見る世界を、何か形あるものとして伝えていきたいと思うようになっていた。
それが、私にとって、ドキュメンタリー写真だった。
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 最初、別のテーマを追い、バングラデシュに通っていた私が、この作品を撮ろうと思ったきっかけは、以前に出会ったある外国人旅行者の言葉だった。
「この世の果てのような場所がある」
標高が低く、日常的なサイクロンや洪水、そして温暖化の問題を抱えたバングラデシュ。その中でも、自然環境の最も厳しい最南部の沿岸地帯が、その場所だった。
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 首都ダッカから、バスと船を乗り継いで向かったこのデルタ地帯の果てには、水面からわずかに盛り上がっただけのたくさんの島や、中州が広がっていた。そこには、人が生活をする最低限の土地しかなかった。堤防も何もないところも多いこの一帯が、自然環境や災害に大きく翻弄されてゆくのは明らかだった。
 当初、私は、浸食されてゆく島の沿岸や、中洲、そして そこに暮らす人々のインタビューを中心に撮影を進めていた。この問題をどのように写真で伝えていくのか。日本で得た情報や、この一帯を語る言葉が、撮るべき写真のイメージを引っ張っていた。実際、話を聞いたほとんどの人が、過去に何度も、家や家族を失っていた 。 悲しい現実。しかし、自分の中で、何かまだ忘れているような違和感があった。

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 そして、何度も撮影を重ね、彼らと時間を共にしていくうちに、自分の撮る写真が変わっていったことに気づいた。そこに写っていたのは、、どんなに不安定な中洲で、何度洪水に家を失おうとも 、かろうじて根を張り暮らしてゆく人々の日常だった。この場所を、社会問題として見るだけでは、見えてこない等身大の暮らし。彼らの日々刻々と続けられてゆく生活と向かい合い、改めて私は、ゆっくりと噛みしめるように撮影していきたいと思うようになっていた。
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撮影に取り組む前から持っていたフィルターのようなものが、次第に取り除かれてゆくを感じた。この大地の果てに、私が最も大切に見ていたかったもの、それは自分と同じように、一度しかない命を焦がしている、儚くも逞しい人間の姿だった。



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